|みどりの島には氷ばかり|
イルリサットと天砂りくは北の湖の凍りついた島で暮らして10年あまりになります。
りくは毎日氷の塔へ通います。背中しか見えない守人を横目に通り過ぎ階段をのぼります。
塔の中で、魚を捕まえて調べてまた放流するのです。魚には固有の番号があり、その20桁を正しくしてやると元気に泳ぎだすのでした。
アザラシが罠にかかることもありますが、アザラシの番号はまた違っているので、軽く手当をして放してやるのです。
イルリサットは絵を描きます。
看板も描きます。
寒中見舞いなんかも描きます。
木のうろに身をひそめてなんでも描いてしまうのです。
イルリサットは絵を描くのが終わるとりくのもとへ帰ってきます。が、また夜にはでかけてしまいます。
そり犬の世話と寒中水泳が日課なのです。
「部屋で暖かくしていなさいね」
イルリサットが微笑み言いました。
「はい」
とりくは頷きます。
真っ暗ななか、犬は風雪に耐え身を屈めて歩きます。
夜の雪はあかるい灰色で、イルリサットも犬もそっと息を吸うのです。
そのあいだ、りくはほかほかのお湯で食器を洗います。
少し硫黄くさくなりますが、温かさには代えられません。
そうしてもろもろやることが終わるとイルリサットはソファに座ってお酒を片手にりくを見つめます。
「私の伴侶、今日はどうしていたの」
りくは珍しい魚がいたので処理にてこずったと顛末を話します。とても丁寧な魚もいました。それが2匹もいたので今日は驚きの日です。
イルリサットがりくを撫でてねぎらいます。
そうして撫でられるとりくはもう眠くなってしまうのでした。
「おおぐま座が怪我をしたそうだよ、こんどの休みにお見舞いに行こうか」
「ここのところよく怪我の話を耳にするね」
「みんな年老いてきたのだね」
イルリサットは実の親をおもって少しやるせない顔をしています。
親と同じ年頃のいっかくのばあやはもう孫の顔もわからなくなってしまいました。
外は寒いけれどベッドの中はぽかぽかで
抱きしめあうとひざのうらが汗ばんできます。
「ぼくたち年を取っても仲良しでいられるだろうか」
りくが不安げにイルリサットの熱い手を握りました。
「いられるさ、おまえは私の半身、片方の翼なのだから」
イルリサットが安心させるように穏やかな声をつむぎます。
「じゃあぼく、がんばろう。年月に流されないように気を付けるよ。
あれはいやになるほど川みたいなものだから、気を付けるよ」
そんなことを話してほどなく
イルリサットが氷河のふもとまで14日出かけなかればいけないことになりました。
彼のおじいが病気になって都会の医者にかからなければいけないのです。
そのあいだおばあの面倒をよろしく頼むよ、おじいはイルリサットを呼んでお願いしました。
イルリサットはりくを抱きしめます。
「そり犬の世話を頼んだよ。いいこで暮らして、ひとりでもしっかり眠るんだよ」
そう言われてしまえばりくは意地でも頷きました。
「まかせてね」
けれどひとりのベッドは思った以上によそよそしく、空っぽの胸にひたひた寂しさが押し寄せます。
叫びたいような暗がりに隠れてしまいたいような気持で真夜中まで横になっていました。
眠れずにイルリサットとの古い交換日記帳を読んだりもしてみました。
最近のことは書いていません。数年前の記憶が呼び起こされ、懐かしい気持ちになりました。
それはイルリサットとりくの絆の確かさでもあります。
りくはやっと安心して眠ったのでした。
犬もりくの足元で眠っています。
そうして14日耐え、イルリサットが戻ってきました。
りくは踊って喜んで、イルリサットに抱きつきます。
離れていてもこころは一緒、だけれどやっぱり離ればなれじゃないほうがふたりにとっては自然なのです。
「おかえり、ぼくのつばさ、ぼくの半分」
りくの清々しい声がイルリサットを癒します。こうしてふたりはまた日常をふわふわ低空飛行できるようになりました。