北の光を辿る犬


|幸福の海際|
肺胞が鈴なりに泣き叫んでいる
肺葉は恐怖に浸される
そして微笑む
このときなればこそ、しとどに笑う

一対の脚で立っているだけでは到底心許ない
底冷えのする春の雨だ
檻を腐食させ纏いつく

そこにあなたが両手をとってきつく握ってくれた

あなたの吹かせた風にそよそよ身を任す心地よさ
踏みしめたことのない地の息吹は爪先から
嗅いだことのない森のため息が火照った耳をひんやり撫でる
これまでとは呪文も異なっているのだ
まみえたことのない獣の足音をこぼれ聞いている
見ず知らずの星雲から示し現れた旋風には遠い旅路が沁みている
うちのひとつは幸せの花が終わって眠るばかりの種子胚を
くつくつ煮立たせ煌めく繭となる

ささやかなあなたの笑顔が
あるはずのない記憶を呼び覚ます
朝陽の海に羽は熔けてなくなった
今こそ走れるにちがいない