北の光を辿る犬


|きのことおばけの攻防|
煙をもくもく吐く高い山のふもとにちいさなロロイが棲んでおりました。
彼はよれよれになったシャツに膝の破れたジーパンを履き便所サンダルをひっかけて、毎日きのこと戦っておりました。
前座の柔らかく小さなきのこは毒や麻痺でロロイを転ばせたりぶったり咳き込ませたり、集団で襲いかかってくるのです。
ラスボスのきのこは毎日姿をとっかえひっかえロロイをぶちのめしてくるのでした。
それでもきれいな水を飲むために毎日闘わなくてはいけません。
いつかロロイは疲れ果て、きのこの手前の泥水でたびたび済ませるようになりましたが、やはり飲みごこちは劣ってしまいます。

雑魚のきのこをおもうだけで、怖くてぶるぶる手も足も震えますが、ロロイは今日はきれいな水までたどり着こうと出発しました。
質素な台所と寝室が一緒になった小屋から抜き足差し足、山を下ってきのこの森に向かいます。
水色と白色のカエルやツヤツヤの太った虫がたくさん往来してくると、すぐにきのこがぶつかってきます。
とたんに足がおもくはれぼったくなってしまいます。一番はじめは麻痺のきのこのようでした。
さっそく嫌気がさしたロロイがずるずると後ろ向きに進んで行ったらこんどは毒のきのこが踏みつけにかかってきました。
笑い毒に犯されて、笑いすぎてしゃっくりが止まらなくなり、どうにも吐きそうになったころにやっと笑いがおさまりました。
ラスボスのきのこにやまもり嗤われて小石を3粒うっかり飲んでしまったけれど、今日の水は手に入れてロロイは逃げかえります。

雲霧林を抜けて、ふさふさの花やもこもこ苔を背負った爪の姿が遠のいてほっとひといきついたロロイに声をかけた者がいました。
「やあ君はだあれ」
チロは見習いの魔法使いです。煙の山の吐く石ころのなかでも虹色に光るものを採りにきたのです。
ロロイはぽかんとしてからぎゅっと頬を引き締めていいました。
「オレはただのおばけのロロイだ」
「そう、俺は魔法使い未満のチロだ」
じゃあと言ってふたりは別れましたが、数日してロロイはチロをまた見かけました。
チロは杖で空に絵を描いています。ローブや靴は灰まみれでした。
灰色に煙るチロのなかで目だけがきらりと黒く光っています。ロロイは水を差しだしました。
「一口だけなら、やらんでもない」
「ありがとう、ではひとくち」
それからロロイはチロの描く魔法をじっと見つめたり昼寝したりして夜まですごしました。
探し物がぜんぜん見つからないんだとチロはため息をつきながら言いましたので、ロロイは暇があったら探してやろうと思いました。
しかし見たことも聞いたこともない虹色の石は、どこを探したらいいいのかあんまり見当がつかないのでした。
緑の七色に光る丸い虫なら知っているんだけどな、とロロイは残念におもいました。
風がびゅうびゅう吹いて山が夕陽に燃え上がるとチロは意気揚々と空に魔法を描きます。
「見つからないのか」
「見つからないようだ」
ロロイのきのこの話しをきいて、チロはちょっぴり提案しました。
「小石を並べて旗を立てるのはどうだろう」
ですので、雲霧林の入り口にさしかかったところでロロイは聞いたとおりにやってみました。
苔蒸した小石を三角に積み、布切れをしっとり濡れた黒い枝に縛って、ぱちぱちと手を打ちます。
背後でチロが言いました。
「あー、だめだな、きのこめっちゃ臨戦態勢だな」
ふたりで毒と麻痺をくらって雷様の駆け抜ける両脚でラスボスきのこに対峙します。黒紫でうねうねしています。
「僧侶がいたら便利なんだけどな」
チロを無視してロロイばかりを追いかけまわすきのこに撹乱されて、お互いの声は届きません。
おでこが真っ赤になるのとひきかえにロロイは素早く水を汲み、ふたりで走り帰りました。

「だめだったな、次は歌おう」
チロがロロイに声が透き通る魔法をかけます。そうするときのこはロロイではなくチロを執拗に追いかけます。
触手のような房がぐわりと絡みつきチロは全力の解毒魔法で対処しました。
「だめだったな、次は踊ろう」
教訓を生かしてふたりともに足取りの軽くなる魔法をかけます。
しかしきのこは踊りを見るなりいつもより素早い足取りで青い傘をぶりぶり逆立てたのでふたりとも麻痺になりました。
「だけど、オレは小石を飲むことがなくなった」
「もちろん飲まないに越したことは無い。俺はさっさと吐きだすようにしている」
チロと二人三脚で立ち向かうので、きのこに転ばされないで済むようになったのです。
「次はカエルだ」
ふたりは黄色と赤色のカエルをつかまえて小箱に入れ、よく言って聞かせましたが、
いざきのこが出るとカエルは樹木の根っこに飛び乗って逃げて行ってしまいました。
それでもロロイは水を汲みに行くのがそれほど苦ではなくなっていることに気がつきました。
朝起きて水汲みを考えても実際きのこを目前にしても、手が震えることはなくなりました。
チロが予備の靴を貸してくれたので、つまづくことも減りました。
「次は霧を集めるんだ」
大きくて分厚い木の葉っぱをろうとのように丸めて、垂れさがった枝に仕掛けます。
霧は燃えて暴れて太ったぴかぴかの虫をふたりにぶつけてきました。
根気強いふたりでしたが、とうとう気力が底をつき、ぐったりとしてきのこに立ち向かいます。
ぶすっと膨れた弾力のあるきのこでしたが、どうにも精彩を欠く攻撃ばかりです。
チロが駄目もとで囁きました。
「きのこなんて相手にならない、毒も麻痺も怖くないって思いながら水を汲むんだ」
「それをやってみよう」
まだきのこは戦いたそうにしていましたが、毎日練習するうちに、チロは本当にきのこが怖くなくなってきました。
そうするとそれとともにきのこはどんどん鈍くなって、緑にぼんやり光る程度になり、とうとう赤い傘を弱弱しく振りながらも一歩もあるけなくなったのです。
「ありがとうチロ」
「どういたしまして、俺は特になんにもしてないけどな」
ロロイは自分とおなじくらいのチロに抱きつきました。そのとき泉がざわざわと波立ち、煙を吐く山が激しく身震いしました。
ふたりで抱きしめあって首をすくめていると、泉に小石がおっこちてきました。
驚いたことにそのどれもが虹色に光っており、泉に飲まれると青く変化しながら沈んでいきます。
ロロイは夢中で虹の小石を捕まえました。
チロもひょいっと手を伸ばして小石を掴んだのですが、てのひらで小石は青くちかちか鎮まってしまいました。
ロロイは嬉しくてチロの両手に自分の掴まえた小石を押し込めます。
「オレのほうはまだ虹色だ」
そうしてチロが手に入れた分はきちんと時間がたっても虹色のままの真実の小石です。
それを懐に仕舞い込み、チロが驚いたように小さく声をあげました。
「俺、泉を湧かす魔法を覚えたようだ」
ロロイは小屋の隣にささやかな泉をこしらえてもらい、チロと加えてチロの魔法と一緒に末永く幸せに暮らしました。
ふたりで共に使うのは、風がなくても虹色に漣立つ特別な泉です。
もう森のきのこがロロイを傷つけることはありませんでした。