北の光を辿る犬


|工房|
彼女は真っ暗闇の海の底で酸素をつくっている
深海の魚が心配そうに見ている
あのエビも来た
ほかのエビはからだが溶けてここまで来られなかった
彼女はちょっと休憩したいときイートリのところに寄ってくれる
しばらく話してまた戻り酸素をつくる
くしゃん、と彼女のくしゃみが海底にこぼれてエビが「お大事に」と返事した
自分がつくった酸素をきみにあげたいのにと言ってくれるけれど
イートリは呼吸に酸素を使わない
硫黄や硫化水素がいい
でも彼女のことは尊敬している

酸素の傍、ときどき本を書いていることがある
魚とエビとイートリが楽しみにしているお話はちょっとずつ進んでもう終わりそうだ
魚が口伝えで烏賊へ、また烏賊が鯨に話して、シャチ、らっこ、まで伝わった
そうなるともとの物語はさっぱり形を変えているけれど
みんな楽しみにしている
でも彼女が酸素を作っていることはあまり知られていない
広く知られてしまったらきっと命を狙われる

イートリは自分が彼女の話し相手になれることをそっと誇りに思っている
最初は偶然そこにいただけだとわかっているけれど
いまは仲良しそれは間違いない