北の光を辿る犬


|水深0.5mの都市|


カーモスは膝頭で漣をたててみせます
手を繋いだカラカルふたりが青信号を北へと泳いで行きました

シェラーグは毎朝自分を召喚します、今日の出来栄えはなかなかです、昨日はまたひどかったものです
これはかなり不便なやりかただ、もっと効率のいい方法を編み出さなくては早々に息切れするぞ
そうしたらカーモスも困るだろう
いつものとおりに道は分かれて、シェラーグはカーモスと別れ右へと曲がります
貴方は無事でいるだろうか、理不尽なことなどないだろうか
ざぶざぶ水面を揺らしながらシェラーグはただそれだけが心配で
ぎゅっと目をつぶってしまいました
それだものだからすれ違いざまにヌーの群れの脇で休んでいたカバが邪魔だと怒って体当たりしたのです

努めて気にしないようにして、時計台と朝の挨拶を交わします
シェラーグは恥ずかしいので急いでおはようと言い終えました
税関が天文台のふりをして噂するところによると、昨日は土星の六角がことさら荒れていたとのことです
そして時計台がケンタウルス族の話しを振って、税関は乗ったようでした
もっと波波かきわけ歩いて行くと
朝陽を編む鳥が船のいかりの鎖にお行儀よくならんでいます
こんなときカーモスがいれば彼の見えない金の冠に、ふさふさ花が咲くのだとシェラーグはもう懐かしく思い起こします
船がおおきな汽笛を鳴らし、鳥は次々飛び立っていってしまいました

シェラーグがそもそも都度自分を召喚するのは、羽が熔けてなくなってしまったというのもあるのです
片方だけや、両方ちぐはぐで生えてきたりして、だいたい飛べるのか、どう羽ばたいたらいいのか、勝手が違うので困ります
それになんだか歩くのが正しいような気もしてきます
こうして独りで歩くときにはタングステンの爪先とチタンの犬歯が欲しいと夢想してみたりします
それらがあればカーモスに降りかかる難儀を払えるかもしれません
守る力が欲しいと胸を焦がします
しかしひきかえこの身はやっかいなことに歩くことすらきちんとできません
水深0.5mの下の地面は硬く、水をかく足は重たいですし、少しの段差で足首をひねります
からだそのものを作り変えなければならない
けれどもそんな大変なこと、できるだろうか
シェラーグはカーモスを思い浮かべながら朝ごとに逡巡します

ある涼しい朝にシェラーグは分かれ道の手前でカーモスを引きとめました
樹の上に住めるように翼の無い背で暮らせるように、尻尾は長く、爪は丈夫に、毛皮も厚く、
そういうものにならなければいけないと僕はおもうんだ
できそうか?
僕やってみるさ
カーモスが真摯な眼差しで待っています
身体中がぴりぴりと熱を孕み寒くてたまりません
変形する恐怖と不快感でしかめっつらになったシェラーグは、ゆっくり姿かたちを確かめますが、まだ足りません
不格好で醜い塊にカーモスが手を差し伸べます
大丈夫だ、見ているよここで見ている
カーモスが、シェラーグの爪を仕舞い損ねた前足を撫でたので
傷つけてしまうと恐ろしくなりましたが、そうやすやすとは傷つかないよと彼は肯きます
樹の上なら、マンホールに擬態したトラバサミに引っかかることも無い、猿の幽霊の尾行をまいて、カバもゾウもヌーだって
こちらに気づきもせずに通り過ぎるだろう
そうなれば少し便利になるね
カーモスが穏やかに笑います
それに嬉しくなったシェラーグは毎朝練習しましたので、もうずいぶんそれらしくなって参りました
もちろんカーモスは最初から、らくらく変化させることができます
長くてふかふかの尻尾と、尖った太い爪と、寒冷地仕様の毛皮です
そうして二月過ぎた頃、カーモスとシェラーグは住まいをちょっぴり変えました
幹は立派で太古の香り、枝葉は迷路のように茂っていて、年に一回白い花が咲くのです
シェラーグは眠りの合間に、身体が変化するまでカーモスがじっくり傍についていてくれて、ほんとうに嬉しかったなあと思うのでした


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