北の光を辿る犬


|星影の道.2|

星と妖は恋人ではない。勇夜と葵斗はもとから恋人だったから、例外だ。
勇夜がお返しを求めないとの噂がさらさら広まり、ひかりの弱い妖たちがひとりふたりと訪ねてくるようになった。蛍のひかりひとつでも大丈夫ですか、小さな狐火でもいいんですか。
勇夜はなんにもなくていいんだと説明して、お裾分けを出していた。
ひかりを出せないかわりにきのこを育てられるもの、植物を治せるもの、ときどきまぐれで雨を呼べるものなどが勇夜を慕って集まった。もちろんなにもできない妖もいる。 勇夜は平等にたべものをふるまった。
来るものを受け入れ、去る者は見送った。
みんな葵斗にも優しくしてくれたし、勇夜は決してふんぞりかえったりしないのでにこやかな輪ができていた。
でも穏やかな日々は壊されてしまう。
勇夜が気に入らないというものたちがいる。
ひかりを出せないなどというなんの役にも立たない連中が集まってきて気持ちが悪いとこそこそ嫌がらせをするものがいる。
つよいちからの星の一派の連中は特に、勇夜たちが気に食わない。
ひかりを返せない妖は生きていてもしょうがない、役立たずで簡単に嘘をつくやつらだと彼らは周囲の住民の不安を煽り、町の法律をいいように変えて勇夜たちがそこに住めなくしてしまった。
異なる存在をあるままに認識できない者、自分だけが得しているという妄想のなかにいたい者、より弱い立場へ敵意を向けさせるよう扇動する者。だれかの生き方も尊厳も踏みにじっていいくらいおのれを偉いと思っている愚か者。そういうものたちが強い立場にいる。
勇夜の元星は心配してくれたけれど、もうシリウスの加護から外れてしまった存在に対して周りは冷たい。三等星の分際で、と勇夜を貶める。権威主義的で悪意に満ちている。
だったらおまえらはどんな偉いことをしたのか言えるものなら言ってみろ。葵斗は怒っている。怒ることしかできない自分にも怒っている。
勇夜のもとに集まってきていた妖たちはばらばらになり、あるものは野良になり、そして石になる。熱波の明け方、勇夜の妖は葵斗だけになった。
追い詰められた勇夜と葵斗は身を隠せるよう大きな町の治安の悪い区に住み始めた。
背の高い建物がひしめきあっていて、日が射さず昼間でも薄暗い。雨の日はことさらじめじめしている。長屋の隣人は入れ替わり立ち替わり、素行の悪いものが住み変わっていく。

葵斗は声以外にも苦手な音が多い。このところ苦手の範囲が広がっている。
風で扉のがたつく音でも嫌がるようになって、勇夜がいてくれても耳栓をしている。
日常の雑音からは守られるけれど、勇夜との会話が減ってしまった。なによりも葵斗を癒してきたもの。勇夜の優しさを感じられる団欒だったのに、それを一緒くたに避けてしまったことは果たしてよかったのか。

耳栓していると会話がままならない。隣に座っているときなら勇夜が、葵斗のほっぺたに唇をくっつけて話す。「骨を伝って聞こえるだろ」と得意げだ。キスの近さにどきどきして束の間不安を忘れられる。「葵斗は耳栓してるのにちょうどいい声で話せるんだな」勇夜が感心している。
葵斗が勇夜の膝に半分のっかって肩につかまって、お互いほっぺたをくっつけて話すのは勇夜の大発明だ。
でも笑い合う時間は長く続かない。

そんな息を潜めた暮らしが続いていたとき、片方の隣人が出ていった。次に入ってきたのは底意地が悪いやつで勇夜と葵斗の住む部屋に呪いをかけてきた。不快な音の出る呪詛だ。
昼過ぎから夜まで、あるいは夜中に。声の混ざったおかしな音が不意に始まる。
10日ほど様子を見ていたが、嫌がらせは止む気配もない。呪いを払う方法はわからない。
葵斗が落ち着くために薬湯を飲む用意をし始めるが、いま出しっぱなしの湯呑みを下げて新しいのに替えてお湯を沸かし薬を溶かすという、単純なことができない。頭と手が混乱していつもしていることなのに、どうやっていいのかわからない。湯呑みを割りそうだったので勇夜はそっと葵斗から湯呑みとやかんを取り上げる。
「ご、ごめん」
勇夜が心配のあまりしかめっつらで葵斗を抱きしめた。素直に抱きしめ返す。
「大丈夫か」
「大丈夫かな、いやうん、なんとか」
まったく大丈夫ではない顔色で葵斗が返す。
けれどふたりには逃げ場がない。まったく遠くの知らない土地へいく、という夢みたいなぼんやりした選択肢を勇夜は選べない。
騒音の呪いはこんどは大きな音ではなく、こつこつ壁を叩く音になった。昼も夜でもずっと叩いている。かと思えば止む。次にいつ始まるか、どれくらい長く続くのか、不規則で予想できない。
坂を転がり落ちる。葵斗はいっきに具合が悪くなった。

がんばっていることが外から見てわかるくらいの成果を出せない。
むしろ失敗にしか見えないだろう、努力を放棄しているようにも見えるに違いない。
葵斗としては、これ以上悪くならないように底の辺りで足掻いている。
なるべく具合の悪さを表に出さないように、摩耗するスタビライザーを直してまわっている。
自分の意志や出来事に関係なく突発的に高揚する、かと思えば苛立ち、結局のところ沈みこむ精神だ。高低差で轟く情緒を、滝壺まで氷瀑にする空想で自分を落ち着かせる。
勇夜の役に立つじぶんでいたい、これ以上迷惑をかけたくない。けれどもそれがまったく実行できない。

勇夜は辛抱強かった。
それでも疲れてしまうときはある。
「葵斗はがんばっている。わかってるよ、大丈夫、変わらず大好きだよ。」
勇夜のいたわりで、葵斗はわあわあ泣いてしまう。どうしてひどいことしてるほうが泣くんだと自分でも思っている。加害者なのになんで被害者ヅラしているんだ?誰かの罵りが聞こえる。
勇夜もそう思っているのか。いいや違う、勇夜はそんなことを思わない。
勇夜が尽くしてくれているの、知っている。心底心配してくれている。それに応えたい。具合の悪さを治したい。
でもいつまでも抜け出せない。
これではやはり、勇夜にとって有害だ。彼の優しさを削り取って捨てている。
ごめんね、ごめん。


呪いの音がいつはじまるかと怯えている。不安が噴き出して、からだの内に押し止められない。火砕流は勇夜に向かっていってしまう。
わああんと葵斗は怒りながら泣いている。
「勇夜のばか、わからずや、ばかばか」
言っている本人も勇夜はわからずやでもなく、バカでもないことはわかっているが止まらない。
勇夜は葵斗の肩に触れて、ゆっくり抱きしめる。
「うんうん、つらいな、がんばってえらい。わかっているよ、そんなことは思ってないって」
「ゆうやがやさしい むり やさしい ごめんね」
わあんとまた葵斗が泣き出す。こんどは自己嫌悪の涙だ。
勇夜がちいさく噴き出した。
「お、優しくしたらいつもの葵斗に戻った。よくがんばってるよ。大丈夫だよ」
そうして勇夜は葵斗が泣き止むまで背中を撫でたり手を握ってよしよしなだめてあげている。

気温が体温より高かった日の夕暮れ、しつこく西日が道を照らしている。ここから真っ暗になっても暑さはたいして楽にならない。隠れ家に帰りながら勇夜はふと気がついた。最近、葵斗の笑顔を見ていない。どれくらい前からだろうか。いつかそのうち隣が入れ替わってどこかに行ってしまうだろうと思っていたけれど、ここはちょうどいい隠れ家で捨てがたいと思っていたけれど、葵斗は自分が思うより苦しんでいるのか。そうまでしてここに住む意味とは。
おかえりと出迎えた葵斗の両手を取って勇夜が言った。
「どこかに行こう。ここではないどこか」
葵斗はこころが痩せ固まっていて嬉しいという感情をうまく表せないようだった。しばらくぼーっとしたあとで、やっとほっとしたように少し笑って勇夜の手を握り返す。
「それなら涼しいところへ行こう。北へ。」
夜を越えてなお熱い土の匂いと草いきれが微風で混じりあい、木の幹では蝉が鳴きはじめていた。

得意を伸ばせというのは余裕のある者の言い分だ。
葵斗は苦手をどうにか宥めすかして生きていくしかない。それで疲弊して得意を伸ばすどころか何を得意なのか気づけ無い。



はじめの1週間は黙々と歩いた。
規模の小さくなっていく街々をとおり抜け、ひとけのない地域に入る。山と谷を避けて海沿いの交易路を歩く。
林の向こうに海岸線と、ときには水平線も見えている。トンネルを小走りでやり過ごし、吊り橋は慎重に踏み締める。
たまの集落では、よそものだもののけだとじろじろされるが大事な用があるわけではないので知らんぷりしてすれ違う。
とうとうぶなの森が終わって白樺がちらほら見えだして、海峡を渡ると植生も気候もがらりと変わった。
風はおおきく、冷涼だ。

ふたりは、平坦でひろい道では話しながら歩いてきた。
幼かったころのこと、出会う前のこと、恋人になったあとのこと、未来のこと、思いつく話題はすべて口に出して話してきた。
秋にさしかかり、ところどころ吹き溜まった落ち葉をそっと踏み越える。


葵斗は、勇夜の好きなところを100個伝えようと決意してこまやかなことから大きなことまで見つけるとすぐさま好きだと言っていたら、たやすく100を超えてそこから数えるのをやめた。
いつも物事の本質を見ているから、冷静に見えるけれどほんとうは優しくて熱いこころの持ち主。間違ったことが嫌い。そして自省することもできる。

「勇夜はすごいね」
「そうでもないな」
「勇夜を大好きだよ」
「ありがとう」
葵斗の態度やことばで、勇夜のなかのわだかまりを消したり誇りを強めたりということはできない。でも葵斗はちからいっぱい好きだよと伝える。勇夜はとても自立していてだいたいなんでもひとりで対処できるけど、表現しなければ伝わらず、伝わらなければ無いのと同じだ。
「勇夜は、優しくて、賢くて、すごい!」
「ああ、はーい、ありがとなー」
「勇夜は面白いし、動体視力も抜群!語彙も多い」
「うんうん」
「勇夜の元星みたいに神様からお褒めをいただいたりしないかもしれない、でも勇夜はたくさんの妖を救ったんだよ。救われた本人さえ救いがからだに行き渡ったらいつか忘れてしまうかもしれないけど、それでも勇夜は救ったんだから」
「葵斗は可愛いよ」
「!!」
照れてぞんざいになる返事がちょっと元気になってきた頃に、もう一度海で行き止まりになった。夏はもはやずっと遠く、木枯らしが秋を攫って散らしたその上にうっすら雪が積もっている。さくさく、踏むと靴の裏に雪がくっつき、溶ける。
今度は海峡ではなく外洋だ。この海を渡った先で、北緯50度に到達する。そしてなんといっても異国の領域になる。自分達は見た目からしてよそもの、しかももののけだ。
「ここでやめておいてもいいんだ、葵斗はどうしたい」
「おれは勇夜の気が済むほどの北まで行きたい。戻るのはいつでもできるから」
「それなら、俺は北のそらのひかりを見たい。満天のオーロラを見たい」
葵斗はにこにこ頷いた。きっと綺麗だね。ふわり、ひらひら、葵斗の瞼で見たことのないひかりが翻る。

こじんまりした波止場では目立たないように歩き、そのなかのまだ大きな方かなという船に紛れ込む。
船の中は静まりかえっていた。たまに漏れ聞こえる言語はもう勇夜にも葵斗にもわからない。


地吹雪は雪雲へと巻き上がりまたすぐ吹きおろす。視界がいちめん淡い灰色で少し先の建物も見えない。あしあとも一呼吸でかき消されてしまうこんなときは安全なところで休憩するに限る。
幸いしばらくで風が止み雪も舞い落ちるくらいになった。
雪道を漕ぎながら、話は尽きない。
気がつくと除雪車が入ったエリアに来ていて進むのが楽になる。
「勇夜はかっこいい。尊敬してるんだ、知識もひろくて、ずっといろんなこと考えてるだろ」
「うーん、葵斗はじぶんは何もできないと思っているかもしれないけど、それは違うんだぜ」
俺のこと大事にしてくれるだろ。にこっと笑って勇夜が葵斗の腰を抱く。葵斗が密着度にどきどきしていると話がはじまった。
問題点はいくつかある。
妖と星の関係は均一じゃないのにそれが周知されていない、みせかけで平等にされてしまっているから自己責任論が出てくる、そんな理論はおかしいんだ社会的な前提を理解してないんだ。
それと同じ流れで、どれだけ貢献できるかという生産性の罠がある。
でも、だれがどんな基準で貢献度を判断するんだ。そんな傲慢なことがあるか。どうしても何かしないといけないとしても、その方法は多様であるのが当然だ。
葵斗は俺にたくさん気遣ってやさしくしてくれるだろ。それはひかりを出すよりも劣る?そうは思わない。
なぜ多様性の話になるか。一部の特権階級のためだけの社会はそのうち崩壊する。この世界が続いていけるかどうか、未来をどう作るかという話だ。かわいそうな者に優しくとかいう道徳の話じゃないんだ本質は。
ちょっと話が飛ぶけど、かわいそうに見せたほうが目的にはやくたどり着けることもある。そこは俺たちの策のひとつだ。意見が割れるところだけれど。

葵斗の「役に立ちたい」も危うい。役に立たなくていい。俺が葵斗を好きなことは変わらない。がんばっていることで葵斗が落ち着くならそれでもいいけど、加減を誤るなよ。頑張ることはいいこととは限らない。がんばらなくても、あるいはがんばれなくても、俺は葵斗を好きだよ。落ち着け、ゆっくりしろっていつも思っているくらいだからな。

勇夜が熱弁をふるう。葵斗はわかるような、わからないような、でも自分のことで勇夜がいっしょうけんめいになってくれるのが嬉しくて頷いた。
「勇夜は賢いな。おれのためにありがとう」
「礼を言われるようなことじゃねーんだよ、なんなんだ、もう、可愛いな」
言葉がちょっと乱暴になるときは照れているとき。葵斗にもわかる。


「すぐ消えちゃった」
「また見られるさ。こーんな、宙いっぱいのやつ」
言いながらも名残惜しそうに見上げている勇夜の腕に抱きついた。足元で冷気が揺れている。清冽な夜風が身体を透き通って、かじかんだ指先からぱちぱちこころが弾けていく。遥か空の上のことなのに、目の前にひかりの海がひらかれて、耳が重い。音が無くなる。葵斗が半歩下がって両手を空に差し出すと、緑のオーロラがはためいた。
「あおと!今の?」
勇夜がいつもやるように葵斗の手をとって包み込む。
「葵斗のひかりはオーロラだったのか。できないんじゃない、低緯度すぎたんだ。」
「ま、待って、ぐるぐるする」
「オーロラ、出せても出せなくても、愛しているよ」
勇夜のことばに葵斗は首を傾げた。あんまり喜んでくれないのかな?もっとがんばろ。

週に1回くらい、ふたりは雪原で遊ぶ。葵斗がオーロラを呼んで、勇夜がにこにこする。
勇夜は星としてひかりを必要としないけれど葵斗が嬉しそうなのが嬉しい。
みどりのひかりのすそがひらひら、近くのほうがこまかに、遠くはゆっくりおおきくたゆたう。
凍った川面に雪の重みでしなだれた枝が届いている。森が途切れたところから、天の川がのぼってきらめいている。
いまだけは誰も葵斗を蔑まない。
勇夜を糾弾し陥れるような輩もいない。
狼の遠吠えがふたりを祝福する歌だ。勇夜が真似して吠えてみせると、狼たちは雪影からこちらをちらっと見て空を嗅ぎ、ゆったり走っていった。

葵斗にとっての音には温度があり、手触りがある。感情の源泉が揺らされる。
勇夜の声は厚みのある滑らかな毛布だ、話すと光沢が揺れて暖かさがじんわり伝わる。
いきなり大きな音を立てたりしない。そっとした身のこなし。足音もほとんどしない。
話すときの少し低めの優しい声音に安心する、好きで好きで胸がぎゅっとなる。
笑いかけて名前を呼んでもらうのがいちばん好きだ。
「葵斗」
呼びかけられ、ざぶりとまぼろしの風が腕を撫でる。
「大好きだよ葵斗」
清流に飛び込んですこし流されながら川底に手を伸ばすときの、暑さに疲れ果てたからだが優しく解かれていく涼やかさだ。
そして
真冬の夜風が首すじを通るとむしろ身体がぽかぽかしてくるあの現象、雪を掴んでいったんはかじかんだ指先に血が満ちて熱くなる。どこまでも一緒に歩いていけると胸が高鳴る。
勇夜の声はそういう声だ。
「おれだって勇夜を大好きだ」
抱きしめあうと勇夜の頬にあたる葵斗の耳たぶがいつもひんやりしている。お腹のあたたかさをわけあっている。キスして笑ってちからいっぱい抱きついた勢いでよろけてまた笑う。転んでもふかふかの雪が受け止めてくれる。

勇夜と葵斗はふたりで雪原をどこへでも歩いていけた。人間が交換してくれたテントを橇に乗せて、交代でひっぱる。妖や星も寒いなとは思うけれど、氷点下でも凍ってしまったりしない。魂ごと洗われる銀世界をじゃれあって進む。
すこし最高気温が高い日に川へ行くと、川面の氷が溶けてあちこちで丸くぶつかりあっている。またあるときは川から湯気が立っている。近くに温泉が湧いているようだった。
氷に積もった新雪のふちが柔らかく垂れていて、お菓子に似ていて美味しそうだ。
森のなかで一度だけ、雪まくりをみた。絨毯みたいにくるくる巻かれた雪にさらにうっすら積もっていて、人間がいたずらしたんだねと葵斗が言うので勇夜はそういうことにした。現実なんておもうほど確かなものじゃない。葵斗は葵斗の見たいように世界を見たらいい。
湖にたどり着いた。湖面は厚い氷で覆われている。積もったばかりの雪の層が強風で飛ばされて氷があらわになっている。閉じ込められた泡たちの真上に、雪の大きな結晶が咲いている。
夏なら島であろう岩山によじのぼる。途中から遊び半分競争半分になって、勇夜がからだひとつ分だけ速かった。
てっぺんのくぼみに葵斗を引き上げる。不安定なので狭い足場に身を寄せてぎゅっとくっつきあう。
「この、見晴らし」
葵斗は負けちゃったと笑って、ひろびろした氷湖に目を輝かせている。
「御神渡り、ないね」
「時期じゃないのかもな」
次の日、また少し暖かかったので湖面が雪と染み出した水でじゃりじゃりになっていた。湖に沿って歩いているとどんどん気温が下がってきて、じゃぶじゃぶのざりざりだったところが凍結しはじめる。本当の湖面のちょっと上にまた氷の層ができている。

オーロラを求めてもっともっとと北上してみたりもした。
雪のなかあそぶ狼たちがふたりに気がついて、とことこ走り出した。立ち止まって振り返り、また追いついてきたら走る。誘導されるがまま北に行く。
樹木が低くまばらになり、とうとう生えなくなった。切り立った山の岩肌が黒く、雪の積もったところとまだらもようになっている。北緯70度にはいるか、はいらないか。ちいさな湾から続く北極海にも海氷が続いている。そこの島まで渡れそうだ。夜になると葵斗がみどりのオーロラを呼び出す。
「きれい!」
「葵斗の呼び出したほうが断然きれいだ」
「そう?やったね」
でも勇夜は付け加えるのを忘れない。
「オーロラがあってもなくても変わらず愛しているよ」
葵斗にはいまいち意味がわからない。オーロラあるほうが断然いい。
雪風巻を堪能して、オーロラとも遊んで、そこからいくらか南下した村と林との境に住むことにした。



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