北の光を辿る犬


|星影の道.1|


ポケットのなかに法則をたくさん持っている。
条件分岐でふるいをかけて、いまやるべきことを弾き出す。
けれどだいたいは適切なこと、なんて分からない。

星からごはんをもらうときは、ほかの妖の邪魔をしないこと、全員終わってからそっともらう。
お椀に粥を受け取った葵斗は早足にその場を離れて、神社の奥の林に入る。陽の差し込む獣道を少し行けば小さな滝がある。
滝壺を眺められる玄武岩のかたまりに登って、耳栓を外しひといきつく。
「いただきます」
食べた後、お腹が痛くなっても、めまいがしても、手先が痺れるとしてもこれは葵斗の選んだごはんなので礼儀正しく食べる。
このお粥は葵斗にとってだけ毒が作用するけれど、生きる糧でもある。
手を合わせて「ごちそうさまでした」とひとりで呟き、ちくちくする舌を気にしないようにして口を濯ぐと葵斗はまた耳栓をつける。
樹冠を透かして見える空には厚い雲が増えていた。今日の夕方は早めに夜になるだろう。
暗くなれば勇夜が来てくれる。
このあいだ勇夜の星が、神様に誉められた。立派な勲章をもらって、みんなにお祝いされたからまだ勇夜も星も忙しいかもしれない。
ふふっと葵斗が笑う。勇夜も、勇夜の星も、どっちも立派で、賢くて、優しくて、すごい。
だれでも知っていることだけれど、自分だって知っている。
来てくれるまで待っていようと思ったけど、気が変わった。海辺まで勇夜を迎えにいこう、と歩き出した。
気分がいいから耳栓を外していても大丈夫かもしれない。いまは予防のためにつけているだけで、林のなかの音が怖いわけではない。
さっきの神社を迂回してなるべくひとけの無い獣道で海を目指す。
岩をまわったところの廃屋の庭をつっきって行こうとして、葵斗はひそひそ声に気がついた。
そこで耳栓をしたほうがよかった、のかもしれない。
けれど音をもっと拾うように過敏反応した耳が聞き取ってしまった。
自分の星が、勇夜の星の妬み嫉みを誰かに話している。意地の悪い言葉が流れ弾となり葵斗を撃ち抜く。
大事なひとの、大事にしている相手に対して、悪意が発せられている。
できるかぎりそっとその場を離れたけれど、葵斗のなかではもう取り返しがつかなかった。
妖が星を選ぶときも、妖が星から離れるときも、儀式なんて必要ない。誓いの依代もなにもない。
葵斗は星をもう星として見られなくなった。それで終わりだ。
星のほうでは、お返しのできない葵斗を失ってもなにも気がつかないだろう。

砂浜で気持ちを落ち着けていると勇夜がこちらを見つけて手を振った。
まだみぞおちが不安と怒りでぐるぐるしている。葵斗は無理やりにこっと笑って立ち上がった。
「葵斗!いましがたの俺の夜海光柱見てた?きらきら!」
「ごめん、ちょっと間に合わなかったみたい」
「じゃあまた今度かな・・・あれ、どうしたの」
「ええとちょっと」
落ち着きたくて葵斗は勇夜の手をとる。ぎゅっと両手でにぎりながら、言えることだけを言おうと思った。
「野良になった」
「次の星を見つけたとか?」
「い、いやそういうのじゃなくただ野良に」
「食べ物、どうにかしないと」
うん、と葵斗は頷けなかった。お返しにひかりを出せない自分へ、こころよくお裾分けをくれる星を見つけるのは大変に思える。なんだか気力がわいてこない。



「お腹減って石化するぞ。俺はそんなの嫌だ」
「でもお返しできないから、いっそぎりぎりまで星はいなくていいのかも」
「人の気も知らずに、このやろう、おまえだとしても葵斗をおざなりに扱うなんて許さない」
陽が沈んでもまだ風向きは変わらず、外海から吹きつけてくる。波が高く砕けている。
「ありがとう」
葵斗は勇夜の目を見られなかった。
タダ飯ずるい、貢献しないのに、という風潮を感じている。
勇夜は、白色矮星だって妖がいてかろうじて成り立っているとこもあると慰めてくれたり、
それにもともとのシステムが悪いと根本的なところを嘆いたりしてくれるけれど
勇夜の善意に対して、星と妖は平等なんだから落ちこぼれるのは自己責任とする風潮が巨大で、解決策は見つからない。できそこない、とか、ずるい、というのがひそひそ声だったのはかつてのこと、いまでは声高に糾弾していいとされる。
自分が惨めに思えても、なにか工夫して、心当たりのない「できること」を見つけて生きていかなければ。


妖が惚れ込んだ星からでなければ、もらうお裾分けは見えない。
好きになれそうかなと感じた星を見つけても、ひかりを出せないと申し出ると冷ややかにされてしまう。どうしようかなお裾分けあげてもいいけど、ちょっとここで待っててね。そして葵斗は一晩待ってみたけど、その星が戻ることはなかった。
ほかにも、葵斗はひとの声が苦手だ。けれども耳栓したまま星は探せない。
なあに耳栓?そんなのどうするの。失礼だから外でつけるんじゃない。おまえはなんだか分からないやつだな、こっちに来るな。情けが欲しいなら他所に行け。

ダメージが蓄積していくが、じぶんでは癒せない。勇夜がこころを癒やしてくれるけど、星を探すならまた同じダメージをくらうことになる。
足先も指も冷たくこわばってきていて、でも動かないわけではなく、石化ってゆっくりなんだなといっそカチンと一瞬でなってくれたらいいのにとやけくそな気持ちでいる。

勇夜がとうとう葵斗をぎゅっと抱きしめた。
「もう星を見つけに外へ出るな。ここにいてくれよ。耳栓もすること」
勇夜とふたりなら耳栓は要らないんだよ、という返事は明瞭な発音にならなかった。

勇夜が自分のごはんを持って帰ってきて、分けようとしてくれる。
「マイナス一等星のごはんだから、きっと大丈夫だろ?」
大丈夫であって欲しいという気持ちが伝わってきてつらい。
お互いにつらい。
「ごめん、だめだ、見えないよ」
きっととても美味しいんだろうね。勇夜がお食べよ。ごめんね。
これもだめか、でも絶対なんとかなる、してみせる。誰のちからを借りてでも。
勇夜は声に出さずに誓う。
明日また、シリウスに相談しよう。気の毒だと胸を痛めてくれていた。

お返しができないことを自分で気にしすぎているのかも、ひかりを呼び出す練習をするよ。
できないように生まれついていることをしなくてもいい、いや、気が済むならやってもいいけど、くれぐれも無理するなよ。

狐火くらいから、と思ってイメージを膨らます。
暖かいかな、小さくてもちりりと熱いかも、ほんわりした橙色の炎、そういうものをてのひらに呼ぶイメージを訓練する。
でもずっと違和感がある、まるで食べたことのない料理を作るような。
勇夜は夜海光柱を呼ぶときに、こんなに頭でいろいろ考えないと言っていた。
ひかりからも呼ばれていると感じると。
それならやっぱり練習に意味はないのかも、
それよりは気持ちが高揚したとき、勇夜と笑いあって転がっているときにもっと、ひらりひらりとはためくひかりに自分が溶け込む感じならするけれど、
具現化したことはないから何か別の感覚を間違えているんだろう。

シリウスはもちろん勇夜の夜海光柱を頼りに思っているけれど、それが無くなってしまってすぐに困るほど依存していない。勇夜ほどではなくてもお返しのひかり、豪華なひかりを出せる子たちがたくさんシリウスを慕っている。
だから勇夜がシリウスからお裾分けをもらうときに「葵斗がもうそろそろ石になってしまいそう」だとこぼしたのを受けて、ひとつ提案した。
「勇夜がその子の星になれるのでは。そんな感じを受けるよ」
「それは、そんなことができるのでしょうか」
「大丈夫、勇夜は星になれる。しかも、お返しをもらわなくても生きていける星に」
驚いたけれど、お裾分けをあげられない星というのもいるのだし、ちょっと変わった星も意外とちらほらいるものなのかもしれない。
「ではお願いします」

星になったら、妖には戻れない。お裾分けをもらってひかりをおかえしする立場から、逆になる。
勇夜の胸の辺りの高さに、輝くマイナス等級の星がお裾分けを作り出す。いつもはいただきますと食べていたそれらはすらすらと勇夜のみぞおちに染みこんでいく。妖に差し出す食べ物をどう作るか、という知識が勇夜のなかに眠っていてその封を解かれている。まるで忘れていたことを思い出すのと同じように、勇夜はお裾分けの具現化をできるようになった。いままで思い出したことのなかった、しかし確かな記憶として勇夜のなかに芽吹いている。
「きみたちはお似合い、いや運命の伴侶だね」
シリウスはにっこり笑って勇夜の背を軽く叩いた。
最後に夜海光柱を出してから星にしてもらえばよかったと、勇夜は細い三日月を見上げて少し申し訳なくおもったけれど、丁寧にお礼を言ってから淡い砂浜めざして駆けていく。1歩ごと波を散らす踵もつま先も、晴れやかだった。

葵斗が驚いていると勇夜は緊張した顔で切り出した。
「俺のことまだ好きなら」
いったん言葉が切れる。好きだよと葵斗は叫びたかったけれど続きを待って勇夜を見つめる。
「お裾分け、受け取ってくれ。星になったから」
「えっ、おめでとう」
勇夜はいつでも星になれそうな妖だった。でも本当に星になったなんて、びっくりだ。
「俺を選んでくれ。葵斗、だめなんて言ってくれるな。お願いだ」
「だめ?・・そんなわけない」
勇夜からそよそよ流れてくるちからに身を任せる。染み渡っていくなかで葵斗は納得した。自分の星は勇夜だったんだ。
前の星がいたときから、ずっと大好きだった。本当に大事だったのは誰なのかやっとわかった。
こういうところが鈍いんだなと自分に呆れる気持ちと、視界が晴れていく清々しい感覚もある。
「お裾分け食べる。ありがとう」
自嘲気味に笑うと、ぎゅーっと抱きしめられる。
離されたときにはもう、目の前にお粥と薬味がずらっと並んでいた。ごま、のり、うめぼし、おこうこ。美味しい。
そして、いただきますの前から分かる。勇夜のお裾分けは食べてもお腹が痛くならず、眩暈もなく、痺れもない。安心して食べられる美味しいごはんだ。
「いただきます」

葵斗がぎしぎし硬い身体をほぐそうと、伸びてみるけれどまだ随分とこわばっている。
「でもからだがほかほかする。勇夜のお裾分けのおかげだね。しばらくで治りそう」
「よかった」
勇夜が両手をとって葵斗の頬にキスをする。そのままキスの雨が止まないので葵斗がちょっと笑って勇夜のくちもとをそっと覆った。
「勇夜、おれはお返しできないんだよ。大丈夫なの?」
「ほかの星が、どうやってお返しのひかりをじぶんのために変換してるのか、さっぱり分からない。もともと俺には妖のひかりを受け取る手のひらが無いみたいに。なんの問題も無いんだ」
「すごいね?そういうふうに勇夜の元星がしてくれたってこと?」
「違うな。俺がはじめから持ってた素質だから、俺らは本当にぴったりなんだぜ」
ふふ、と葵斗がはにかんだ。嬉しいな。
多くの妖がすこしの努力で出来ることを、葵斗は努力しても出来るようにならなかった。
もう申し訳なく思いながら歩かなくていい。
なんといっても大好きな相手に愛してもらっている。
踊りだすこころのまま、夜の波打ち際に寄っていくと勇夜もゆったりついてくる。
ざぶ、と透明な波に足を差し入れ膝の辺りまで海にはいる。
遅れて勇夜も波を蹴り分けながら脛のあたりまで浸かっている。
勇夜は毎日波の上を走っていた。いまは海の中にいる、足だけとしても。妖としてのちからはすっからかん、ぜんぶ流れでていったようだ。
そのかわり星としてごはんを提供するちからを両掌に感じている。


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