|夜明け前|
カーモスの目が覚めるずいぶん前にそっと起きだしてシェラーグは
防寒の上着をもっちり着こみ外へ出ます
黒い海に繋がれた小舟が揺れます
軋んで凍えているのです
波止場のなかのことでした
昨日は特別なことに
朝焼けの手前の真っ暗闇で
豪華な客船が皓皓と光っておりました
あれはまた別の世界から来たのです
ほどなく彼等のもともとへ出立する決まりになっています
魔法も森も無い文明のできあいへと
西の空には高層ビルが肩を並べて
ひんやり厚い満月とふたつみっつの星が浮かびます
こんなに地上が光だらけでは星座もわかりません
それが望みなのです
今日も寝坊したので帰る頃には
桟橋のむこうに白い夜明けがくるでしょう
大橋を追い抜いて橙色の朝が来たら
また一日が始まってしまいます
恐れ逃げる足取りで家へと向かいます
街路灯に照らされて銀杏の木が黒々とのび
赤信号で立ち止まればしんしんと腿がしびれます
家はカーモスの気配にみちあふれていて
ひきかえ本人はベッドのなかで深く眠っています
お日さまを拒むこの寝室は安全です
真夜中の匂いがとぷりと揺れて
あと数時間、カーモスが優しい夢に浸れたらいいなとおもいました
それでも夜は明けていくのです
カーモスの安らぎを守りたいならまずは
寝坊をやめることからだと
シェラーグは目覚ましをセットしなおし
すこしだけ仮眠のためにベッドへ潜りこみました
そうして毎朝シェラーグは
白い雲がたなびいて
ふたつみっつの星が漂う夜明けいっぱいに
轟き渡る藍色を
理の異なるてのひらで迎え撃つのです
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