|そうしてどうなったか|
カーモスは天空から雲きれぎれの地上を見つめておりました。つぎもまた人間に生まれ変わるのかと小さくため息をつきます。
どの種族に生まれ変わることになっていてもため息はこぼれたことでしょう。生きて死ぬのはたいへんなことです。
勇者としての疲れが癒えぬまま、そうしてカーモスは魔王の居ない世界にふつうのひととして転生したのです。
シェラーグは勇者のための魔法使いでした。勇者を看取ったあとにちょっぴりだけ生きて、またもとの世界に魔法使いとして生まれ変わりました。
魔王の眠っている平和な大陸に勇者はいませんでした。魔法使いは泣き疲れて声なき息で勇者を呼びます。
どこにいるの、どうしていないの。勇者が居なければ覚えてもしょうがない魔法を、だけれどいくつも覚えました。
いつか出会えるかもしれないとおもい続けていたからです。
あんまり長く呼んでいたせいでしょうか。魔法使いはついに勇者の居るべつの世界へとまっさかさまに落っこちました。
魔法使いは勇者をひとめでわかりましたが、勇者はゆっくり思い出しました。
1年かけて全部思い出したのでそっと魔法使いを抱きしめて言いました。僕の大事な魔法使いだ。大好きだよ。
いのちを預けて旅をして足りないところを補い戦った、たいせつなひとです。
魔法使いはまた阿吽の呼吸で暮らしていけるとおもって舞いあがりましたが、こちらの世界は複雑で恐ろしいものが道にもどこにも溢れかえり魔王どころではありません。
それから何をするにも手間がかかりました。魔法い使いなのに魔法が使えなくなっていることで大変戸惑い、勇者を頼るしかない生活に塞ぎこんでしまいました。
こちらの世界では対等なパートナーではなくただのお荷物でしかありません。
勇者は笑って、そばに居られるだけで十分幸せだと言ってくれましたが魔法使いの胸は晴れません。
勇者は昼間は仕事だといって居なくなり夜にまた帰ってきます。魔物退治なら一緒に行けるのに、仕事はまったく違っているのです。
ダンジョンならともに潜って役に立てるのに、会社はそうはいかないのです。
嫌になるほどなにもかもが違っていて魔法使いは後悔しました。
会いたいと願わなければ勇者に苦労をかけることもなかったろう。我儘の罰が当たったとおもいました。
俺、帰りますと魔法使いは言いました。
どうやったらもとの世界に帰れるかわからないけれどこれ以上勇者を煩わせるのはだめです。
恐怖を堪えてよそよそしいこちらの世界を歩きます。
陽が暮れて夜のとばりが下りてくるとさらに寒く、道は狭く、ごうごうと光る目玉の怪物が脇を通ります。
杖は無く、呪文は禁じられたみたいに胸につかえて唱えられません。
はやく帰る道が見つかればいいと思いながらひたすら歩きます。
かつて真っ暗闇の森の中あかりを灯すのは魔法使いの役目でした。
タンジョンで休憩するときには火をおこして魔物を防ぎお湯を沸かすのも一瞬でできました。河を凍らせて橋を架けたりすることもできました。小型の魔物も大型の竜もどんな相手だって勇者と一緒なら怖くありませんでした。
いまはひとりで見知らぬ世界をとぼとぼ歩き続けているのです。
ひどい臭いの河の土手で座り込み黒い水面を見つめているともとの世界への出口のような気もします。
考えるのは勇者のことばかり、きっと今頃心配させてしまっているでしょう。けれど自分が居なくなればちょっとは楽な暮らしになるはずです。
悲しませている罪悪が手足を蝕みほとんどひきずるようにしてまた歩きます。
進めど進めど、帰り道は見つかりません。
魔法使いは情けないやら恐ろしいやら朦朧として、気が付いたら勇者の家の近くまで戻ってきてしまいました。
少しの回復魔法も使えないので足は鉛のよう、一歩ごとに爪先が痛みます。魔法使いはしばらく道路わきに置いてあったテーブルセットに腰掛けてぼんやりしていました。身体が冷え切りがたがた震えます。よく物事も考えられなくなりました。
もとの世界に戻る場所が見つからなかったことにほっとしているようでした。惨めで恐怖ばかりのこの世界、もとのおおらかで魔物に満ちた陽だまりとはかけ離れたこちらの世界で生きてゆくしかないのなら、勇者と一緒にいたいとそればかり思っておりました。
もう一度頑張れるだろうか、魔法使いは自分に問いかけます。勇者と一緒にいるために頑張れるだろうか。
それしか方法がないのならこの世界に慣れるために努力できるだろうか。自信はないけれど他を選べません。
そうして魔法使いは勇者の家に帰りました。
勇者はわあわあ泣いて魔法使いを出迎えました。
魔王と戦うときだって涙ひとつ見せたことの無い勇者が泣く姿を見て魔法使いはほんとうに後悔しました。つらい想いをさせて恥ずかしくなりました。
勇者は落ち着くと警察というものに電話をしてしきりに謝っているのを見てまた、魔法使いは申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
だからそれから魔法使いは頑張ったのです。
もう無理だとおもうこともたくさんありましたが、勇者と一緒に居たいためにこちらの世界に慣れるよう努めました。相変わらず勇者には苦労も迷惑もかけますが、もとの世界への道を探しに行くことは二度とありません。
魔法が使えないことも、昼間勇者が居なくなることにも慣れて混乱することも少なくなりました。
たまに昼間のひとりのときに勇者を想って寂しくなってちょっぴり泣いたりするくらいです。
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