|魔族と狼|
「おやどんくさい子だなあ」というのが保護者の口癖だった。そういうの、悪気があろうとなかろうとだめなやつなのだが彼は人間なのでしょうがない。
ひとにはひとのペースがある。
ウルがひとでなくて魔族だとしてもウルにはウルだけの時間の流れ方があるのだが、人間に拾われてしまったので諦めるしかなかった。
拾ってくれてよかった、死んでしまうよりは。そういうことにしておいた。
人間たちは、素早くて早口だ。たくさん話す。夜になると寝る。
ウルはもともとおっとりしていたのもあって、同じスピードではできない。昼は眠く夜に目が冴える。
お互いに、なんだかしっくりこないなと思いながら過ごしていた。
極夜がくるとウルはからだが軽くなる。このあたりでは珍しくないオーロラをずっと眺めていられる。
お狐の火なんだと言うひともいる、ひかりのカーテンと言うひともいる。
小さなこの集落を出て街に行こうかなとウルは漠然と思っていた。
街にならいろんなひとがいるので、人間でも魔族でも獣人でもだれでもいいけれど自分と時間感覚が似ている者がいるのでは。
話してみたい、ほっとしてみたい。ここは肩身が狭くていられない。
オーロラのかみさま、今からそっと行こうと思います。ウルは夜空に手をふってみた。
そうしたらひかりの帯がするする降りてきて、みどりのまばゆい狼になった。
「かわいい。かみさまの使いなのかな?ついてきてくれるんだね。よろしくね。」
そっと立ち上がると、狼のみどりのひかりがおさまってふつうの灰色になり、すんすん匂いを確かめてくる。
ウルが歩くと狼ももちろん側を歩く。
これは心強い。ウルは胸を踊らせた。街まで一晩、雪道を一緒に歩いてふたりはだいぶ仲良くなった。
街はウルがおもったほど生きやすいところではなかったが、そもそもひととひとがしっくりこない前提でみな暮らしているので
その点は気楽でいられると知った。
同じ感覚のひととはまだ出会えていない。
ウルと狼の1日は夕方にはじまる。18時の鐘が鳴ると起きてきて、ゆっくり身支度したらふたりで歩いて街外れの時計塔に向かう。
塔の中は倉庫なのでウルは夜中に在庫整理の仕事をして、狼はついて歩いたり端で寝ていたり気ままに過ごしている。
朝になる前に定時がきて、狼とともにねぐらへ帰る。
西区の業者は仕入れのときの数え間違いが多い、とか
波止場の貿易会館の中の店舗はぬいぐるみとお菓子の在庫がいつも足りてない、とか
ウルはなんでも狼に話す。
日が長くなってきたね、眠い季節がくるね、と言うと狼もぐっとのびをしてすとんと伏せる。これはうなずいていると思う。
片時も離れないでふたりは一緒にいる。ウルがお風呂のときだって薄い扉を隔てて狼が待っている。
ウルは狼をレーヴェと呼ぶようになった。
オーロラのかみさまのお使いなんだろうか。ふと疑問に思っては不安になる。
レーヴェの本来の仕事があるのでは。いつか空に帰ってしまうのか。
街に来て2度目の冬が終わろうとしている。
似た感覚のひとを探すこと、ウルはすっかり忘れていた。それよりレーヴェと言葉でお話したい。そんな魔法がどこかにないだろうか。
「ここらではあとひとつきくらいで、いっきに花たちが咲き乱れるけど、南ではいくつかずつだんだん咲いていくんだって。
行ってみたい?」
レーヴェが困って耳を下げている。
「オーロラが見えない地域には行けないのか。ごめんね。それならもっと北に住む?」
やっぱりレーヴェが耳を下げている。
「北ならいいってわけでもないんだね。」
レーヴェがそっと頬に鼻先をくっつけてきたので、ウルはわしわし撫でかえした。
「可愛い、レーヴェ」
かみさまのお使いに可愛いと言っていいのかわからないな、と思うけれどとても可愛いのでそう言いたい。
灰色のコートはふかふかで、賢い茶色の瞳、短めのしっぽと小さめの三角耳。たまらない。
でももっと複雑にわかりあいたい。一緒にお話して、美味しいものをたべ、きれいなものを見たり聞いたりしたい。
在庫整理の休憩中に窓の外を見ると、今季最後だろうオーロラが出ていた。
倉庫のすみでこちらを見ているレーヴェに呼びかける。ちょっと外に出てみよう。
ひかりが渦巻きはためいて、夜がきらびやかだ。ひらひらの裾はみどりに、上は紫に。紫なのは太陽光との共鳴散乱だ。積もった雪があかりに染まってレーヴェはかすかに発光している。
オーロラに誘われて空に溶けてしまう気がして、ウルはレーヴェをぎゅっと抱きしめる。
「大好きだよ。どこにもいかないで」
レーヴェがふわっとひかって、首を傾げる。もう一度言って?と声が聞こえたとウルは思った。
「レーヴェ、好きだよ」
狼の姿がオーロラ色に光って溶けて、ひとのかたちになる。
「僕も好き!ウルが好き」
ウルの腕の中で、灰色の髪と茶色の瞳の若者が嬉しそうに笑った。
すこしぽかんとしたあとで、ウルはレーヴェをちからいっぱい抱きしめた。
「本当に可愛い」
ふたりは手を繋いで、お話しながらねぐらへ帰り、丸一日ずーっとお話は尽きなかった。
「空を駆けながら、昔のウルのこと見ていたよ。よくオーロラに祈っていたね」
「ちょっと恥ずかしい」
ウルはこれだけは確かめなければと強い覚悟でレーヴェの手を引き寄せた。
「かみさまのところには戻らなきゃいけないのかな」
「きみが、好きだって言ってくれたから、戻らなくても大丈夫」
「よかった」
ウルが安堵のため息をついて、そっと手の甲にキスをする。
レーヴェが照れて手をひっこめようとしたので、ウルは手を離してあげる代わりにぎゅっと抱き込んでちゃんとしたキスをした。